探求 論理国語 付属教材・資料見本
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3発展…発展的な位置づけとなる解説や資料を豊富に掲げました。文学教材については、作品をより深く鑑賞するための解説を掲げました。3 発展〈知〉の深化 晴れた空の下で教科書(三〇〜三三)再確認させてくれる。玉子焼きと手鞠麩の浮いたおつゆが、■わし■にとって■婆さん■や■婆さん■との幸せな生活を象徴しており、それを■わし■が、夕飯のメニューとして再び次男の嫁に依頼する最後の場面は、炊事を代表とする家事のほとんどを女性が担ってきたこれまでの日本社会を、江國がノスタルジーとともに皮肉っているようにも感じられる。次に、構成の面に視点を当てるなら、どんでん返しである。江國は■泣く大人■(平13・世界文化社)という随筆の中で、■現実とその外側、や、日常とその外側、は靴下とおんなじで、簡単にくるっと裏返る。そうすると、それまで現実だと思っていたものが突然非現実になり、非現実だと思っていたものがあっけらかんと現実になり、日常だと思っていたものがいきなり非日常になり、非日常だとばかり思っていたものが堂々と日常になるわけで、それはもう驚きとか困惑とかいっている場合ではすでになく、おっと、と小さくつぶやいて、あとはもうまるで何もなかったかのように、それを受けいれるより他にない。ちょうど、夢からさめたときのように。私は、現実や日常がくるっと裏返る、あの瞬間を愛している。■(■裏返る鑑現賞実■)と述べてい評論Ⅰ ■小説は作者の手を離れた瞬間から読者のものである■という意味合いの言葉をしばしば耳にする。読者として■晴れた空の下で■を自分のものとするために、三つの視点を用意する。まず、■晴れた空の下で■は■温かなお皿■に所収されている。■温かなお皿■には、食を通して浮かび上がる人間模様、特に女性と食との関係をテーマにした十二編の短編が収録されている。ここに視点を当てると、 ■晴れた空の下で■のテーマの一つは■食■である。冒頭と末尾に繰り返される■最近、ごはんを食べるのに二時間もかかりよる。入れ歯のせいではない。食べることと生きることとの、区別がようつかんようになったのだ。■という■わし■の言葉は、社会から引退する年齢を迎えた人は、だんだんと身体の機能が低下し、活動する能力、意欲がなくなり、生命を維持するための活動が生活の中心となっていくことを示している。それとともに、会話をしながらの■婆さん■との食事が、■わし■にそれまでの人生のあらゆる場面を思い出させてくれることからも、■食■がその人の人生を肉体的にも精神的にも形作る大切なものであることをる。不確かになっていくお互いの記憶、季節外れの浴衣を着て幼児のようによく笑う妻。読む者は、肉体の衰えや認知症への疑いといった老いの現実を垣間見ながらも、そこに老夫婦の穏やかな日常世界を描き出す。それが■そこには誰もいなかった■■あれはもう死んだのだ。去年の夏、カゼをこじらせて死んだのだ■という告白で一変する。老夫婦の日常は、■突然非現実になり■、■わし■の幻想世界であったのかと思わせる。それだけではない、このどんでん返しはそれまでの場面に複数の可能性を与え、現実と非現実の区別も曖昧にして、この物語の読み取りに幅を与える。■わし■が気づいた■妙なこと■も、■婆さん■の言動から感じる違和感や疑問も、このどんでん返しによってすっと腑に落ちる感覚、これこそ小説を味わう醍醐味である。最後に挙げるテーマ、それは■老い■と■幸福■だ。江國は、多くの小説で■死■を描いているが、■温かなお皿■に収められている■つめたいよるに■にも、■鬼ばばあ■という短編がある。ぼけてしまった老人がたくさんいるので、子どもたちが怖がって近寄らない養老院。その養老院に暮らす■おばあさん(トキ)■と、同じ名前の少年■時夫(愛称トキ)■との交流と別れが描かれる。しっかりとした足取りで友達になってほし40     鑑 賞  

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