探求 文学国語 ダイジェスト版
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殻をむいたゆで卵磔刑がたのしい?腹が切ない?詩の風合いとゆで卵の殻の関係について*風琴 オルガン。またはアコーディオン。子供の一人と背中あはせで寝床のなかで寝て思ふのですこの子は鳩はかなこの子は*風琴かなこの子は鉱脈かな鳩なら飛べよ風琴なら歌へよ鉱脈なら光れよせまい寝床もくるしい夜もなんでもなく過ごせるのですこの動ど悸きうつ木の柱にくくられて手足もしびれる     う―――とけかく 詩たのしいたのしい磔刑(動物磁気)詩コラム竹た中な 郁いたのしい磔はりけ刑つ  たとえて言うなら、詩を味わうことは殻をきちんとむいて中から出てきたゆで卵をおいしく食べることだ。もちろん殻があろうとなかろうと、ゆで卵であることに変わりはない。でもゆで卵をおいしく食べようとすれば、誰もが殻をむくと出てくる、ぴかぴか、ぷるんぷるんしたものを頰張る。それと同じく、私たちが使う言葉も、詩で用いられる言葉だろうと日常の言葉だろうとそれ自体に違いはない。つまり、詩というものは詩の世界で通用する何か特別な言葉だけでできているのではない。日常の言葉に対する私たちの使い慣れた感覚を、ゆで卵の殻をむくように剝ぎ取ってみると、同じ言葉が今までとは異なる新鮮な顔立ちでもって私たちに働きかけてくる、まさにその時に詩は成り立っているのである。例えば、「磔刑」あるいは「切ない」という語を用いて短文を作りなさい、という問いが出されたとしよう。さて、あなたはどう答えるだろうか? 前者なら「罪人が磔刑になって無残な最期を遂げた。」のように、何か酷むごくて恐ろしげな印象を与える内容のものが、また後者ならば「好きな人にふられて切ない思いを抱いた。」のように、「切ない」が人の心の動きを表現した内容の解答が用意されるであろう。7852

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