探求 文学国語 ダイジェスト版
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くん51  1てもの仕えの、ふ戦 陣に立つ者。武勇をもっ武士。「おもう」という営みは、私たちが日頃感じているよりもずっと複雑な構造をしている。平仮名には多種多様なものを包む働きがある。一方、漢字はある働きを際立たせる。「おもう」という動詞に漢字を当ててみれば、その多様さに驚くことになるだろう。「思」「想」「憶」「懐」「顧」「忖」「恋」「惟」「念」、これらがすべて「おもう」を意味する。時間的にいえば過去、現在、未来にわたり、意識界、無意識界の両界を貫き、相手の心を忖そ度たするところから祈念までを貫く行為が「おもう」の一語に包含されているのである。どうして「おもい」を正確に表現することなどできるだろう。さらに言えば、人は自分が何を「おもって」いるのかを知らない。人は話すときも書くときも、言葉を自由に扱っているように感じていても現実は必ずしもそうではない。だからこそ、私たちは不用意に人を傷つけることもあれば、闇に光をもたらすような一語を不意に発することも文学評論Ⅰ若わか松まつ英えい輔すけもののふの心 ―言葉とコトバ詩人は、何者かから言葉を託される預言者でなくてはならない―谷川俊太郎の作品などの引用を通じ、言葉をめぐる営みを考える評論です。1042文学評論 〈Ⅰ部〉38

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