探求 文学国語 ダイジェスト版
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小道具と時代背景|④肺結核「結果した肺は尖せカタルや神経衰弱がいけないのではない。」(らは、「不吉な塊」の方に力点が置かれているように見える。しかし、身体や精神の病気と「塊」の関係は双方向的であり、「檸檬」において、常に通奏低音として響いている。さらに、当時の読者は、「肺尖カタル」などという言葉に敏感であり、梶井が肺結核を患っていることも知られていた。戦後、BCGワクチンの接種が法制化されるまで、肺結核は最も恐れられた病気の一つであった。特に過密化が進んだ近代社会においては、空気感染によって広まる結核菌は何よりも忌避される存在だった。感染者の多くは無症状であるが、およそ十パーセントは最終的に発症し、そのうち半分が死亡していたことから、患者とその周囲は時間をかけて死に直面させられることになる。闘病が長期間にわたることから、入院による院内感染や、介護する家族への感染の問題もあった。現在では特効薬が開発されているが、当時は発症しても有効な治療法はまだなかった。加えて、病状はゆっくり進行することが多いため、堀辰雄の「風立ちぬ」のように、闘病の姿そのものが多くの文学に描かれることになった。また、結核は肺以外にもあらゆる臓器に発病することでも恐れられており、志し賀が直な哉やの「城きの崎さにて」に見られる「脊椎カリエス」への恐怖などは、その有名な例である。おき  んい小説Ⅱ二四八・3)というフレーズか結核で亡くなった主な文学者樋ひ口ぐち一いち葉よう(1872〜1896)▶肺結核正まさ岡おか子し規き(1867〜1902)▶脊椎カリエス石いし川かわ啄たく木ぼく(1886〜1912)▶肺結核堀ほり 辰たつ雄お(1904〜1953)▶肺結核作品内の事物が映し出す時代背景を解説。文脈を復元することで、作品の内容がより立体的に見えてきます。259 檸檬33

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