探求 文学国語 ダイジェスト版
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も いいんず50000つか1尖肺尖端部カのタ炎ル症 。肺結核2蓄音器 肺の上方の初期症状。レコードに録音された音を再生する装置。えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終押さえつけていた。焦燥といおうか、嫌悪といおうか―酒を飲んだ後に宿ふ酔よがあるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した1肺は尖せカタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄2音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけていっても、最初の二、三小節で不意に立ち上がってしまいたくなる。何かが私をいたたまらずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。なぜだかその頃私はみすぼらしくて美しいものに強く引きつけられたのを覚えている。風景にしても壊くれかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋がのぞいていたりする裏通りが好きであった。雨や風がむしばんでやがて土に帰っ小説Ⅱ梶かじ井い基もと次じ郎ろう檸れん檬えたいの知れぬ不吉な塊に圧迫され街を浮浪していた私は、ある日果物屋で一顆の檸檬を買う―青年期の憂鬱、感情の揺れを描きます。1032小説Ⅱ 〈Ⅱ部〉248

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