探求 現代の国語/探求言語文化 付属教材・資料見本
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参考資料羅生門近代の小説読んだ「今昔物語集」がどの出版物であったのかが現在でも論じられ続けていることや、夏目漱石が「鼻」を評価して芥川に送った書簡の中で、「材料が非常に新しいのが眼につきます」と述べていることからも窺える。芥川は一高時代から古文献や周囲の人々からの聞き書きを集めて、「椒図志異」というノートを自分で作るほど怪異譚を好んだようで、そのような志向が誰よりも早い時期に「今昔物語集」を発見することにつながったのだと思われる。 「今昔物語集」は十二世紀に成立した説話集であるため、その叙述は単純なものが多い。本話においても心理描写と呼ばれるような部分はほとんどない。本書の特徴となっている、登場人物が行動を起こす理由とも言うべき「〜と思ひて」が二箇所にあるだけである。しかし「羅生門」を読むと、芥川は本話の羅城門の上層で起こった事件に強く心を動かされていたことがわかる。本話の二・三段落は、教科書の行数にして二十行にも満たない分量で、起こった事件は時間にすればわずか数分であったかもしれない。その中で盗人は徹頭徹尾盗人であり、盗人として行動するだけで、それを描写する編者の筆致も乾いたものである。芥川は「今昔物語鑑賞」(↓「参考資料④」)の中で、「今昔物語集」の芸術的生命を「生ま々々しさ」「野性の美しさ」にあると述べている。本話でも死体から髪の毛を「かなぐり抜き取る」嫗の姿や、命乞いをする嫗から無言で着物と髪の毛を奪う盗人の行動に芥川は「美しい生ま々々しさ」を見いだしたはずである。そしてまた「『今昔物語』の中の人物は、あらゆる伝説の中の人物のやうに複雑な心理の持ち主ではない。彼等の心理は陰影に乏しい原色ばかり並べてゐる。しかし今日の僕等の心理にも如何に彼等の心理の中に響き合ふ色を持つてゐるであらう。」という言葉を借りるならば、本話の登場人物の行動や心理に「響き合ふ」、原色ばかりではない色を芥川は「羅生門」で表現したということになる。こうして盗人が盗みをする物語は、下人が葛藤を乗り越え、盗人になる物語へと変容したのである。 「羅生門」は読者にさまざまな読みを可能にする作品として高校生を中心に長く読み継がれてきたが、それは本話の行間から芥川が何を読み取ったかを検証する作業とも言えるのではないだろうか。そしてそれは当の「今昔物語集」のあずかり知らぬことであり、さらに言うなら、芥川が捨てた本話の後半の二段落こそが本来の主題であったのである。主題である荒廃した世相を見据え、叙述を続ける編者の思いを芥川は正しく受け取っているが、「羅生門」がそれを表現したかはまた別問題であるようだ。①「今昔物語集」出典解説全三十一巻。一千話以上の説話を収め、現存する最大の説話集。大きくは天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)の三部構成をとり、次のように分類されている。・巻一〜五天竺部・巻六〜九震旦仏法部(巻八欠巻)・巻十震旦世俗部       ・巻十一〜二十本朝仏法部(巻十八欠巻)・巻二十一〜三十一本朝世俗部(巻二十一欠巻)わずかな例外を除いて各話とも、「今ハ昔」で始まり、教科書(二〇四〜二一六)参国っ考をて資経示料てそ日う本とにす伝る来意し図、が定あ着っ浸た透こすとるがさ窺まえをる説。話巻に二よ十「トナム語リ伝ヘタルトヤ」で結ぶ形式をとり、「今昔物語集」の書名もそれに基づく。表記には漢字片仮名交じりの「片仮名宣命書き」が用いられ、各話は何らかの連想によって、二話ずつのまとまりで配列されている。 成立は不明だが、出典の一つといわれる「俊頼髄脳」の成立が一一一〇年代であること、「弘ぐ賛さん法華伝」の日本渡来が一一二〇(保安元)年であることなどから、本書の成立はそれ以降十二世紀前半、平安時代後期の院政期と考えられている。 編者も不明である。古くは、「宇治拾遺物語」の序文などから源隆国との説があったが現在は否定されている。そのほか、隆国の子である鳥羽僧正覚猷、忠尋僧正、源俊頼、大江匡房、白河院とその側近など諸説あるが、いずれも決め手を欠く。ただこれだけの膨大な書物であることから考えて、個人の編者を想定するよりも、現在最古の写本である鈴鹿本を旧蔵した東大寺を中心とする南都圏の大寺僧が編纂に関わっていたとする説が近年では有力視されてきている。 内容としては、巻一〜五の天竺部では釈迦の伝記、また巻六〜十の震旦部は仏教の中国伝来や霊験功徳譚・中国の歴史譚、さらに巻十一からの本朝仏法部には仏教の日本伝来に始まり、さまざまな霊験功徳譚・僧尼の往生譚が収められている。このことから「今昔物語集」は巻二十までで、釈迦の伝記とその教義が中一以教降は材本の朝世テ俗ー部とマいやうこ、と作で、者天・皇、出上典流の貴族理、武士解、僧に侶つ、農な民が、果るて資は乞料食をまで掲、げあらまゆしるた階層。の人々を登場させ、真面目なものから滑稽なものまで、97*言語文化 指導資料(近代以降の文章編)

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