教科書に登場する人物をとりあげ,教科書では伝えきれなかったその人の魅力を探ります。
今回は?
第11回 ダンテ
★1265-1321。イタリア・ルネサンス期の詩人。
【教科書対応ページ】
新課程版 新世界史A p.38
##########
地獄を見た詩人
##########
歴史自体は決してきらいではないのだが,学校の教科としての歴史はちっとも面白くない(あるいは面白くなかった),と言う人が多い。これに受験がからむといっそう,歴史は暗記ばかりでつまらない科目,ということになる。確かに歴史は覚えなければならないことが多い。
同じ覚えるなら,少しでも負担は軽い方がいい。というわけで,受験科目として考えた場合,
日本史
が得か
世界史
が得か,という受験有史以来の二者択一問題が発生する。より興味がある方を選ぶのが本筋ではあるが,実際には,カタカナが苦手な人は日本史を選び,漢字が苦手な人は世界史を選ぶという傾向が強い(何でもたちどころに覚えられるという暗記の天才はこの際省く)。そしてこの選び方は,実はなかなか合理的な選び方であり,ここを間違えると暗記の凡人はあとあととんでもない苦労をすることになる。その点に関しては,私自身,身をもって体験したので,間違いない!
私はカタカナが苦手だ。だから外国の翻訳小説を読むときには苦労する。名前が覚えられないのだ。ドストエフスキーなんぞを読み出すと,名前に気をとられてストーリーなどちっとも頭に入らない。それほどカタカナが苦手な人間であるにもかかわらず,私は現役のときに世界史を選んでしまった。何となく面白そうな気がしたからだ。
しかし,カタカナは容赦なくあらわれる。最初の意欲はどこへやら,道半ばで絶望的な気分になった。とどめをさしたのが忘れもしない
ルネサンス
。そもそもルネサンスのなんたるかを理解する以前に,カタカナのオンパレードである。
ダンテ,ペトラルカ,ボッカチオ,マキャベリ,ミケランジェロ,ダ=ヴィンチ,ラファエロ,セルバンテス,シェークスピア,コペルニクス,ガリレオ
……と覚えなくてはならない事項が山ほど出てくる。中身もわからないまま覚えているから,そのうちボッカチオが書いたのがデカメロンだったか,デカメロンが書いたのがボッカチオだったかわからなくなってくる。果ては,ルネサンス期を代表する彫刻家はミケランジェロとダヴィデ,などという迷答・珍答が飛び出すに至って,私は世界史を断念し,遅ればせながら日本史に切り替えた。思えば随分余計な回り道をしたものである。
その当時のことを思い出すと今でも鳥肌が立つが,しかし,だからといって何の役にも立たなかったかといえばそうでもない。なぜなら,そのころ死ぬ思いをして覚えたことが○十年たった今でも記憶に残っているからだ。
ダンテ
=
『神曲』
もそのひとつである。
####################
「講釈師 見てきたようなウソを言い」という川柳がある。講釈師が言えばウソになるが,詩人が語ると芸術になる。ダンテは,地獄や天国をまるで本当に見てきたように詩で語った。それが『神曲』である。『神曲』は,世界文学史上に燦然(さんぜん)と輝く一大叙事詩といわれる。同時にそれは――暗記教育の成果として――多くの日本人が知ってはいるが読んだことのない名作の代表格でもある。
この叙事詩というジャンルは,心情表現を旨とする和歌の伝統をもつ日本人にはあまりなじみのない文学形態なので,なかなか味わいにくい。しかも,そこで表現されている内容を理解するにはキリスト教の知識を必要とすることがハードルを高めている。さらに言えば,ストーリーがあるとはいえ,詩であるから,原文を読まなくては本当のところよさがわからない。そんなこんなで,名作とはわかっていてもちょっと近寄りがたい,というのが正直なところだろう。しかし,難しいことはさておき,虚心坦懐(きょしんたんかい)に紐(ひも)解いてみれば,これがなかなか面白いのである。
####################
『神曲』は3篇から成っている。「
地獄篇
」「
煉獄
(れんごく)
篇
」「
天国篇
」の3つである。「地獄篇」が序歌1歌+33歌の計34歌,「煉獄篇」「天国篇」がそれぞれ33歌で,合計100歌,1万4233行から成る壮大な叙事詩である。
登場人物はダンテ自身。1300年の復活祭に,地獄・煉獄・天国を1週間にわたって旅をする。地獄と煉獄を案内するのは,ダンテが師と仰ぐローマの詩人
ウェルギリウス
(前70〜前19。『
アエネイス
』の作者),天国篇はダンテのかつての恋人であり理想の女性でもある
ベアトリーチェ
である。
「煉獄」ということばがわかりにくいかもしれないが,簡単にいえば贖罪(しょくざい)である。地獄は永遠に逃れることのできない場として描かれているが,煉獄は贖罪することによって天国への道が開かれている。ちなみに天国は当時の宇宙論の反映でもある。月天,水星天,金星天……と続いて,もっとも外側に位置するのが至高天で,この至高天が文字通り天国であり,神の世界である。
####################
さて,この3篇のなかでさほど予備知識がなくても楽しめるのは何といっても「地獄篇」であろう。
ここで描かれる地獄の世界は9つに分かれていて,様々な罪を犯した者が罰せられている。奥に行くほど罪が深い。
第1の地獄
洗礼を受けていない者。
第2の地獄
情欲の罪を犯した者。
第3の地獄
大食の罪を犯した者。
第4の地獄
お金を貯め込んだ者と浪費した者。
第5の地獄
怒りに身をまかせた者。
第6の地獄
異端者。
と続く。これらの地獄で罰せられている人物はすべて実在の人物である。たとえば,第1の地獄ではソクラテス・アリストテレス・プラトンなどの賢人が登場する。なぜかれらが地獄にいるかというと,洗礼を受けていないからだ。かれらはキリストが生まれる前の人たちだから,洗礼を受けていないという理由で地獄に送られるのは少々酷な気もする。ダンテもそう思ったのかどうかはわからないが,さすがにこの第1の地獄ではかれらを苦しめるような罰は与えていない。
第2の地獄では聞くも涙の恋物語が語られるが,恋するふたりも情欲に身をまかせた罪で罰せられている。おもしろいのは第3の地獄である。大食いが罰せられるとは思わなかったが,ここでは暴飲暴食の罪を犯した者が,頭が3つある怪物に体を引き裂かれる。第4の地獄では,お金を貯め込んだ者と浪費した者とが合わせて罰せられ,第5の地獄では,怒り狂った者たちが,沼のなかでお互いに殴り合い,噛みちぎり合っている。第6の地獄では,異教徒が罰せられている。
さて,次の
第7の地獄
は暴力の罪を犯した者が罰せられているが,内部はさらに3つに分かれている。
第7の地獄の1 他人に対して暴力をはたらいた者。
第7の地獄の2 自分に対して暴力をはたらいた者。
第7の地獄の3 神や自然に対して暴力をはたらいた者。
他人に対する暴力よりも自分に対する暴力(自殺行為など)のほうが罪が重い。
第8の地獄
は,10の濠(ほり)に分かれており,ここでは女をだました者,悪い役人,偽善者,盗賊など,人をだました者たちが罰せられている。詳細にふれる余裕がないのが残念だが,罰せられかたも様々で,よくもまあこれほどいろいろな罰しかたを考えついたものだと,その想像力には恐れ入るばかりである。
もっとも罪が重いのは,恩を仇で返した裏切り者とされている。
第9の地獄
では,肉親を裏切った者,祖国を裏切った者,客人を裏切った者,主を裏切った者が裁かれている。最後の主を裏切った者の代表は,キリストを売ったユダであることは言うまでもない。
####################
この『神曲』の作者
ダンテ
は,1265年にイタリアの新興商業都市
フィレンツェ
の貴族の子として生まれた。暗黒時代といわれた中世的呪縛からの解放を求める
ルネサンス
が始まろうとする時代である。日本でいえば,鎌倉時代,北条氏が全盛期を迎えていた時代で,直後には元寇という日本史上未曽有の事件が襲いかかる,そんな時代である。兼好とほぼ同世代である。
貴族であるから,政治にかかわる。ダンテは1300年ごろにフィレンツェの要職に就くが,政争に敗れ故郷フィレンツェを追放される。その後,各地を放浪しながら,『神曲』を書き続けたといわれる。そのあたりの動向は,著作の中で語られる自分自身に対する記述から類推されるだけで,実のところダンテの生涯はよくわかっていない。
話がそれるが,ダンテに遅れることおよそ50年の後(14世紀後半)に
ボッカチオ
が書いた『
デカメロン
』(これが正しい!……念のため)は近代小説の先駆といわれているが,日本ではその300年以上も前に『
源氏物語
』が書かれている。『源氏物語』が世界的評価を受けるのは至極当然のことであろう。
さて,天国篇を案内する
ベアトリーチェ
は実在の人物とされる。ダンテとはほぼ同じ年で,9歳のときに出会い一目惚れをしたという。18歳のときに再会し,恋心がよみがえって再び深く愛するようになるが,ベアトリーチェは別の男性のもとに嫁ぎ,25歳という若さで他界した,とされている。このベアトリーチェとの恋は,『
新生
』という作品に描かれている。実在の人物ではないと考える研究者もいるようだが,実在するとしないとにかかわらず,ダンテにとって永遠の理想的女性像を具現化した人物であることにかわりはない。失恋が偉大なる芸術を生み出す,と言ったのは確かゲーテだったかと思うが,ダンテの名作の背後にもやはり満たされない恋があったのだろうか。もっとも,凡人は何回失恋を繰り返しても芸術を生み出すことはない。やはり天才のなせる技というほかない。
####################
昔,こどものころ,「うそをつくと地獄で閻魔(えんま)様に舌を抜かれますよ」としかられて育ったことを思い出す。地獄の思想は,ややもするとすぐに常軌をはずした行動をとってしまう人間自身への歯止めの役割を果たしてきたに違いない。地獄への想像力を失ったとき,この世の地獄が出現する。それはしばしば人間の想像力をはるかに超えた恐ろしい地獄であることは,歴史が物語っている。
この世の地獄を見る前に,『神曲』はぜひとも読んでおきたい名作である。岩波文庫(翻訳は少々古い)や集英社文庫などで手に入る。いずれも地獄篇・煉獄篇・天国篇がそれぞれ分冊になっているので,まずは地獄篇だけでも読んでみることをお薦めしたい。
(編集部 I)
<<バックナンバー>>
第1回 キェルケゴール
第2回 デカルト
第3回 ユング
第4回 ムンク
第5回 モンテーニュ
第6回 ダーウィン
第7回 ルソー
第8回 老子・荘子
第9回 滝廉太郎
第10回 ロバート=オーウェン
時事スコープTOPへ
桐原書店TOPへ