ある人物をとりあげ,教科書では伝えきれなかったその人の魅力を探ります。
今回は?

第7回 ジャン-ジャック=ルソー

★1712〜78。フランスで活躍した思想家。





  【教科書対応ページ】

 旧課程版 新倫理 P.12,P.116
 新課程版 新現代社会 P.103
 新課程版 新政治経済 P.8
 新課程版 新日本史B P.286





########## 漂泊と孤独な人生 ##########



 ルソーは,高等学校の授業で扱われる頻度は非常に高い人物だ。公民系では,人間が大人になるということはどういうことなのかという例として,『エミール』の一節を引用し,生物的誕生と人間が成長する過程で自我をみいだしていく第2の誕生について説明している。また,政治部門でも『社会契約論』を中心に,近代民主制が形成される思想的根拠として,大きく扱われている。また,地歴系でもやはり,啓蒙思想家としての彼の役割が,フランス革命に大きな影響を及ぼしたという記述があり,日本においても中江兆民が『社会契約論』の一部を『民約訳解』として翻訳し,自由民権運動に影響を与えたことが紹介されている。

 さらにフランス文学の世界では,ルソーの自然描写が,あまりにも叙情的なため,19世紀のロマン派の文学に大きな影響を与えたとされ,文学者としての資質も評価されている。このように,現代に大きな遺産を残したルソーとはどういう人物で,どのような生涯を過ごしたのかを示すことをこの稿の目的としたい。後生に名を残す人間によくあるように,ルソーの生涯は,漂泊と孤独がつきまとう。

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 ルソーが晩年に執筆した『孤独な散歩者の夢想』というエッセイがある。当時ルソーは,フランスの片田舎で,音楽の譜面をうつす写譜で生計をたてながら,植物採集をし,押し花の標本をつくっていた。第一の散歩より始まるこのエッセイで,ルソーは,自らの人生を回想しながら,それまで自分に向けられた中傷などに対して,次々に反駁していくのだが,ルソーは,自らについて誤認がある場合はあるが,包み隠さず書くので,彼のとった行動が,おそらく他人の感情を害しただろう,彼の弁明にもかかわらず,読者は,やはりルソーに非があるのではないかという印象をもつ箇所が随所にある。それらが,豊かな自然描写のなかで語られていくので,老いた,漂泊の旅人の削がれた人間性が浮き彫りとなり,不思議な読後感にひたることになる。

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 ルソーは自らのことをよく語った。『告白』という長大な著作もあるが,彼の年譜を客観的に示してみる。

 1712年スイスのジュネーブに時計職人の息子として生まれる。出生後,母は死亡。10歳のとき,父が家出し,以後,兄とともに徒弟奉公に出される。ジュネーブ出奔を決意し,カソリックに改宗し,フランスを転々とする。この間,13歳年上のワレン婦人と同棲し,後の思想形成の基本となる膨大な読書をする。家庭教師などをしながら生活するが,ルソーは,音楽にこそ自らの才能はあると思っていた。1745年,のちに結婚するテレーズ=バシュールと同棲し,5人子どもをもうけるが,孤児院に入れる。1749年,のちに百科全書派の思想家となるディドロに会い,百科全書の音楽の項目の執筆を依頼される。また,ディジョンのアカデミーが募集した論文に『学問芸術論』が当選し,一躍論壇の寵児となる。この後は順風満帆で『人間不平等起源論』『ヌーベル・エロイーズ』『社会契約論』『エミール』を出版した。しかし,『エミール』はパリ高等法院が焚書としたため,ルソーは投獄を恐れてパリから逃れ,以後,各地を転々とする。死後出版の予定で『告白』を執筆。1776年,前出の『孤独な散歩者の夢想』を書き,同年66歳で亡くなった。

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 ルソーの年譜のうちで,大きな事件は,1749年のディドロとの出会い,『学問芸術論』による論壇へのデビューであろう。

 『学問芸術論』はディジョンのアカデミーが公募した「学問と芸術の復興は,習俗の純化に寄与したか,どうかについて」という課題に対して,否という立場で書いた論文である。このなかで,ルソーはギリシャ・ローマの歴史をひもときながら,学問や学芸を身につけることによって,かえって人間がもっている荒々しさが損なわれ,国家は衰亡すると論じた。この論調は,当時の支配者層にはうけたであろう。なぜならば,当時のフランスはルイ15世の世紀であり,絶対主義王制のただ中にあり,常備軍を整備し,対外戦争に明け暮れていたからである。後年のルソーは社会体制への反逆者として扱われるが,デビュー時は,国家の意思を代弁してくれる知識人として,体制から認められたのである。

 また,同年出会ったデュドロとはのちに,仲違いすることになるが,この萌芽もすでにこの論文のなかにでている。ディドロがもくろんだ『百科全書』は,近代的知識を集約して社会改革をおこなうことだった。守旧派のパリ大学神学部に妨害されながらも,気鋭の科学者が執筆した。とくにかわっているのは専門的技能をもった職人グループが参加して,最新の技術を紹介したことだった。ディドロ自身,工場に出向き,機械を実際に見て図版の作成を指示したように,この本は,その時代に必要なものを体系化したものだった。ディドロは,文明の進歩を信じていた。しかし,ルソーは文明は虚飾であると考えていた。この違いは,埋めようもなく,ディドロを中心とする百科全書派の人々と決別し,思想的にも人間関係においても孤独な日々をおくることとなった。

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 ルソーは晩年に書いた『孤独な散歩者の夢想』のなかで,子どもを孤児院に入れたことを社会から批判されていることについて,苦しい反駁をしているが,実際に深く後悔していたようである。また,被害妄想にも苦しめられていたらしい。『社会契約論』は,必読の書であるが,『孤独な散歩者の夢想』は,人間の苦しみが浄化されていくような印象をうける作品なので,ルソーを知るため導入としておすすめしたい。


(編集部 M)




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