ある人物をとりあげ,教科書では伝えきれなかったその人の魅力を探ります。
今回は?
第3回 ユング

★1875〜1961。スイスの精神分析家。





  【教科書対応ページ】

新課程版 新世界史A P.172
旧課程版 新世界史A P.180
旧課程版 新倫理 P.20



########## 知っているようで知らないのは自分の心? ##########


 「あなたはどんな人ですか?」
 こう聞かれた時,あなたはどう答えるだろうか。
 私はなかなかこの問いに答えることができない。
 あるいは心理テストをやった時,
 「あなたは○○タイプの人です」
 と結果がでた時、あなたはその結果に納得することができるだろうか。
 私はいまいち違和感が残ってしまう。

 昨日は○だと思っていたことが今日は△に思えるし,明日は×だと思っているかもしれないと思うと自分はどんな人間であるかをひとことであらわすのは非常に難しいと感じてしまう。 また,ある友人を表現する時「○○な人」と言ったりするが,「別の人の前では○○な人ではないのかも」とふと思ってしまうこともある。相手の受け止め方や相性によっても人の印象が変わるのはめずらしいことではない。
 このように,「どんなタイプの人間であるか」をあらわすのは非常に難しい。 それを分類しようとしたのが,スイスの精神分析家,ユングである。

 性格を簡単にあらわすときに「外向的」「内向的」という表現を用いることがあるが,これはユングが最初に使った分類方法である。 最近では,単に「外向的」=「明るい」「内向的」=「暗い」ととらえられることが多いようだが,もともとのユングの定義は少し違っている。

 ●「外向的」な人というのは・・・
「他人や周囲の出来事から非常に刺激を受け,社会に順応しようという気持ちが強い。一般に親切でつきあいやすく,他人のために自己を犠牲にしても悔やまない。しかし,その一方で自分自身の欲求を抑圧することが多く,体を壊してしまうことさえもある。」と,ものごとの判断基準が「そとむき」で,周りにあわせたり流されたりするタイプの人である。

 ●「内向的」な人というのは・・・
「周囲のできごとよりも自分の主観的な考えを重視。現実そのものよりも,それを自分がどう思ったか,自分にどういう影響が及ぶのかのほうが重要。自分自身の世界を持っていて,容易に他人に迎合せず,意固地だという印象を与える。他人の支配下では自分を失ってしまうのではないかと恐れ,ものごとが変化することを好まない。」と,判断基準が「うちむき(自分)」で,自分をはっきり持つタイプの人である。

 ユングはおおまかにこのように性格を2分類したうえでさらに,思考型・感情型・直感型・感覚型の4つにわけ,全部で8パターンの分類をつくった。詳しくはここでは触れないが,例えばダーウィンは外向的思考型,カントは内向的思考型,外向的感覚型の人は味覚や触覚が発達していて,料理の味にもうるさく,洗練された趣味を持つ人が多く,内向的感覚型の人は詩人や芸術家が多いそうだ。

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 ユングは,どうしてこのようにわかりにくい人の心や性質を解析しようと思ったのだろうか。
 ユングはフロイトと並んでよく知られる精神分析家である。ユングのほうがフロイトより19歳も若いが,当時は精神分析界のプリンスとばれる注目された存在であった。
 そのユングがフロイトの唱えた理論に興味をもち,支持することにより彼の名を世に広めたのである。
 その後はフロイトが前面に立って活躍し,弟子もたくさんついた。 しかし,お互いを知れば知るほどユングとフロイトは考えの違いが明らかになっていった。人間的にはフロイトのことを父のように慕っていたが,彼の唱える理論には納得できなくなっていた。そしてついにユングにはそれがたえられず,さんざん悩んだあげく自論の本を出版し,フロイトの理論と真っ向から対立した。そして1913年,ユング37歳のときフロイトから決別状をうけとる。

 「どうして人は異なった考え方をするのか,どうしてそれを受けいれることができないのか」
 ユングはフロイトとの決別をきっかけに,学界やそれまで親しくしていた仲間からも遠ざけられてしまい,みずから自分の世界に閉じこもっていき,このことを考え続けた。
 そして1921年に『心理学的類型』を著し、先に述べた8タイプの性格分類を唱えた。
 ユングは,フロイトを外向的,自分を内向的な人間だと思っていた。そして,人は自分と相反するタイプの人間を目の前にした時,自分にないもの(弱点)が目について不愉快に思うのだと述べた。

 この本の発表後もユングは自分の世界に閉じこもり続けていた。
 頭の中ではフロイトとの決別が過去の出来事にすぎないことだとわかっていても,自分の心がそう納得しなかったのである。フロイトとの決別は,ユングにとってそれほど深い傷を負うできごとだったのだろう。
 約20年ものあいだ,ユングは自分の世界にこもって傷を治した。
 55歳以降,ユングは再び学界に復帰したり教授をひきうけたりしてめざましい活躍をとげていった。

 心の専門家でさえ自分の感情を理解はできてもコントロールできないものらしい。
 そう思うとなんだかちょっとホッとした。


                    (編集部 S )





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