毎回,ある職業の人をとりあげて,その素顔に迫ります。

 第15回 監察医



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 今回は,ちょっとめずらしいお仕事を紹介します。監察医務院の先生です。監察医務院というところがどんな仕事をしているところなのかご存知ですか。推理小説や刑事ドラマが好きな人は,ひょっとして名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれませんね。でも,初めて聞いたという人も多いのではないでしょうか。今回は,その東京都監察医務院にお勤めになっている医師Mさんにお話をうかがいました。さて,どんなお仕事なのか,興味津々です。



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Q 普通だと,なぜこの職業におつきになったのか,というようなところからうかがうのですが,今回はそもそも「この職業」がどんな職業なのかわからないので,その辺からお聞かせいただきたいと思います。まず,監察医務院というのは都の機関なんですね?

 はい,そうです。正確にいうと,東京都健康局というところに所属しています。保健所なんかと同じですね。したがって,私たちは都の職員,つまり地方公務員ということになります。現在,常勤の医師が10人に非常勤の医師が40人ぐらい勤めています。私は常勤です。

Q 具体的にはどんなことをするんですか?

 人が死んだとき,死因がわからない,あるいは不自然だ,などといった場合には,病院は通常,異状死体として警察に届け出ます。そうすると警察では,事件性があるかないかを判断します。もし事件性がありそうな場合には,司法解剖をおこないます。司法解剖は,裁判所の令状をとったうえで,大学の法医学教室でおこなわれるんです。東京の場合だと,東大や慶大などが多いですね。一方,事件性はないものの,死因を明らかにしなければならない場合には監察医務院の出番となる訳です。
 まず,警察から連絡を受けると,担当医が出かけていって簡単な検査をおこないます。これを検案といいますが,この検案で死因が特定できてしまう場合も結構あります。よくわからない場合は,遺体をここに移送して解剖することになります。これを行政解剖といいますが,肉眼的な所見をとり,その後,各臓器の一部をとって顕微鏡による細胞の検査をしたり――これを病理検査といいます――,病院でやっているような血液検査をおこないます。また,薬物の検査などもおこないます。胃の内容物を調べたりするんですね。
 薬物検査は最初にネズミを使います。ネズミに,取り出した内容物をムリやり食べさせて観察するんです。睡眠薬や覚醒剤なんかはすぐにわかります。それで大体のあたりをつけて,さらに正確に血液や尿から該当薬物の種類,濃度を特定します。
 これらを総合して,最終的に死因を特定し,死亡診断書を作成します。

Q そうすると,刑事ドラマやなんかでイメージするような仕事とはちょっと違うんですね。

 そうですね。ここに来るのは基本的には事件性のない遺体ですから。でも,調べた結果,これはひょっとして事件性があるかもしれないよ,っていうようなケースはたまにありますけれど。そういう場合は,警察に再度捜査が必要ではないか,ということを連絡しますし,その結果,司法解剖に切り替わることもあります。ドラマなんか見ていると,医師が犯人を特定してしまったりすることがありますけど,そんなことは現実にはありえません(笑)。我々には捜査権もありませんし……。
 実際に多いのは,一人暮らしの老人が人知れず亡くなって,その死因を特定するとか,働き盛りの夫が突然死してしまった,というようなケースですね。そんな場合には労災認定ともからんできますから,死因の特定は重要なんです。それから,病院でたとえば胃カメラの検査中にそれとは直接関係のない心筋梗塞で死んでしまったなんていうケースもありえますよね。そんな場合,遺族は胃カメラの検査中に心筋梗塞で死んだといってもなかなか納得がいきませんから,解剖して究明してください,となるんですね。調べた結果,確かに心筋梗塞が死因です,と判明すれば遺族も納得する訳です。

Q 最近は医療ミスがよく話題になりますけど,そういうケースも多いんですか?

 医療過誤というのは実はあまりないんですよ。医師の一定頻度で生じる危険性(医療事故)に対しての説明不足という場合が多いんです。
 たとえば,いわゆるエコノミー症候群というのがありますよね。飛行機なんかで,狭いイスにじっと何時間も座っていると足に血栓ができて,それが立ち上がった拍子に肺動脈に詰まって突然死する,というやつですね。あれなんか,病院でも起こるんですよ。たとえば足をケガして入院していたとしますよね。「骨折はもう治りましたから,明日からはリハビリをやりましょう。もう大丈夫ですよ」なんて担当医が言うんですね。で,翌日,ずっと寝たきりだった患者が突然起きあがった拍子に血栓が詰まって突然死,なんてこともあるんです。そんな場合,遺族は「先生,もう大丈夫だって言ったじゃないですか」となる訳です。そういうのは,医師がもう少しきちんと説明していれば,それほど問題にならないハズなのですが……。


Q それでも,もし医療ミスがあったような場合には病院側は隠そうとしませんか?

 あからさまな隠蔽工作をすれば,かえって不自然になるし,私たちが見ればすぐにバレてしまいます。それに,検案で病院に行っても,私たちは先方の医師とはほとんど接触しません。客観的に独自の判断をくだします。


Q そのような監察医務のシステムはどこの自治体にもあるんですか?

 いいえ,監察医制度を導入している自治体は,全国で5つの都市だけです。東京(23区内)のほかには,大阪,名古屋,神戸,横浜ですね。要するにお金がかかるんです。東京の場合ですと,年間約10億円の予算をとっています。もちろん診療報酬などの収入はありませんから,出費だけですね。だから,結局大都市でしかできないんです。
 ただ,この制度があるおかげで,遺族が納得のいく結論を得ることもできる訳で,よくわからないまま裁判沙汰になったりした場合の費用や時間をおさえていると考えれば,医療行政上,決して高くはないと個人的には考えています。また,病院側も監察医という第三者機関が介入することで公正な判断をあおげる,ということでこの制度を利用している面もあります。


Q そのようなシステムがないところではどうしているんですか?

 警察の担当医が監察の仕事もやっているケースが多いですね。この場合だと,警察がウンと言わない限り,行政解剖をおこなうことは難しく,ムリやり不自然な診断をつけざるを得ないこともあります。


Q ところで,話は変わりますが,なぜ医師を目指すようになったんですか?

 私の母方の実家が開業医だったもんで,その影響が大きかったですね。小学生ぐらいのときから何となく医者になろうと思っていましたから。ただ,中学・高校のころは,心理学や精神科などにも興味があって,そっちに進もうかなと思った時期もありました。
 大学に入ってからは,基礎医学,社会医学に興味をもちました。医者というと臨床医学がメインですから,少数派ですね。とくに,私の場合,形態人類学に興味をもちまして。形態人類学というのは,骨格からその人の顔を復元するとかいうようなやつです。実際に古代の遺跡の発掘調査に行ったりしたこともあります。その後,DNAにも興味をもちまして,つまりDNAから人類学を探っていくというやり方ですね,それで,そんなことに一番近いのは何かなと考えたら,法医学になった,というような感じです。

Q 医学部では,いつぐらいからコースが分かれるんですか?

 よく聞かれるんですが,国家試験を通るまでは,まったく同じ勉強をするんです。国家試験をとってからようやく専門科に分かれるんです。つい最近では,卒業して2年ぐらい,いろいろな科を研修で回らせるそうですけど。


Q 『ブラックジャックによろしく』はそれですね? 最近,あれにあこがれて医師をめざす若者が増えているそうですけど。

 私はあまり見ていませんので,よくわかりません(笑)。
 私の場合は,大学卒業後,さらに大学院に入り,法医学の勉強を4年して,院を卒業するときに――2年ぐらい前ですが――たまたまここに空きがあって院長先生から声をかけてもらったので,就職したというような事情なんです。ただ,ここに就職して本当によかったと思います。解剖はおもしろいですし。

Q 解剖っておもしろいんですか?

 人間の遺体なのでおもしろいっていうと不謹慎ですけど,人間の身体が病気やけがでどう変化していくかということを知ることができますから。私は好きですね。まあ,嫌いだったらこの仕事はできませんし。


Q 怖くはないですか? 食事がのどを通らなくなるとか。

 そういうことはまったくありませんね。いつも遺体が何体かあるなかで夜中まで残業していますけど,全然怖いと思ったことはありません。幸い,私には霊感はありませんし(笑)。
 食事も摂れなくなるなんてことはまったくありません。解剖の直後でも普通に食事を摂ります。焼肉屋にも行きますよ。焼肉屋に行くと,肉を見て,これはどこの部位だ,なんて同僚と話をすることはありますけど,食欲が落ちるなんてことはありませんよ。たとえ腐乱してドロドロになった遺体をみたあとでも食べられなくなるなんてことはありませんね。それとこれとは別という感じです。
 でも,ときどき特別の許可をもらった人が解剖の見学に来ることがあるんですが,若いお巡りさんなんかでなかには気絶する人もいます(笑)。


Q そうでしょうねえ。やっぱりプロなんですね。いやなことってないんですか?

 ときどき死因を変えてくれ,という遺族が来るんですよ。生命保険なんかで,事故死と病死ではおりる保険金の金額が違うことがあるんですよね。そうすると,本当は病死なんだけど,事故死にしてくれ,なんてね。こういうのって,何かいやですよね。私の同僚でかなりしつこく迫られた人が何人もいますよ。


Q そうすると変えてもらえるんですか?

 絶対に変えません(笑)。


Q そりゃそうですよね。ところで,将来はどんな仕事をしたいとお考えですか?

 私はもともと研究をしたかったんで,大学などの研究機関に戻るかもしれません。ここは研究機関ではないので,研究はできないんですよ。研究費もありませんし。ただ,ここでの仕事は研究にもものすごく役に立つんです。解剖することによって病気がわかってくるんです。それを臨床のほうに生かしていくことができるんですね。それがここでの経験の一番大きな利点だと思います。


Q 将来,医師を目指したいと思っている高校生に何かアドバイスをお願いします。

 人と付き合うことが一番大切だと思います。医師に一番必要なことはコミュニケーション能力だと思います。患者さん,ご家族,ご遺族の人たちとのコミュニケーションですね。これは受験勉強だけシコシコやっていても培えないですからね。


<<<<<取材後記>>>>>

 世の中にはいろいろな仕事があるもんだな,ということを再認識させられる取材でした。大学入試では最難関の医学部ですが,Mさんは,学校の勉強だけでは「医師」になることはできても「いい医師」になることはできない,と強調されていました。Mさん自身は高校時代は遊んでばかりで,3浪したそうです。もし医学部に行かなかったら文学部に行きたかった,というMさん。医学と文学はどちらも「人間」を扱う点で共通している,ということばがMさんのお人柄を象徴しているようで,とくに印象に残りました。
 

★ リンク ★

*東京都健康局監察医務院



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