探求 論理国語 ダイジェスト版
58/68

「書く」こと、「発信する」ことはもはやぼくたちの日常の生活の一部だ。この四半世紀で、「読む」ことと「書く」ことのパワーバランスは大きく変化した。前世紀まで「読む」ことと「書く」ことでは前者が基礎で後者が応用だった。「読む」ことが当たり前の日常の行為で「書く」というのは非日常の特別な行為だった。しかし現代では多くの人にとってはすでにインターネットに文章を「書く」ことの方が当たり前の日常になっている。そして(本などのまとまった文章を)「読む」ことの方が特別な非日常になっている。これまでぼくたちは「読む」ことの延長線上に「書く」ことを身につけてきた。しかし、これから社会に出る若い人々の多くはそうはならない。彼ら/彼女らの多くはおそらく「書く」ことに「読む」ことより慣れている。現代の情報環境下に生きる人々は、読むことから書くことを覚えるのではなく、書くことから読むことを覚える方が自然なのだ。これは現代の人類が十分に「読む」訓練をしないままに、「書く」環境を手に入れてしまっていることを意味する。だが、かつてのように読むこと「から」書くと宇う野の常つね寛ひろ世界の見え方を変える5 ― 「書く問いを生む➡「書く」ことへの挑戦問いを生む(七〇ページ)」 ―「書く」―問いを生む 問いに答える表現活動として「書く」単元を設置。自分の考えを書く行為について論じた文章を掲載しました。561066

元のページ  ../index.html#58

このブックを見る