探求 論理国語 ダイジェスト版
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ゅうつらょくえ5いんくくうたんいいくんっかみらのきち 一九三八)。ドイツの建築家。京都市西京区~一九一三)。江戸時代末期~大正時代の画家。~一七七六)。江戸時代中期の画家。代後期の画家。~一九二四)。江戸時代末期~大正時代の画家。一八二三~一江戸時代末期~明治時代の鋳金家。Bruno Taut(1ブルーノ・タウ一八八〇ト ~2桂桂御み離宮園そ にある離宮。3玉泉 4大雅堂 池い大雅(一七二三5(竹一田七七 七~一八三五)。江戸時6鉄斎 7秦蔵六 望も月づ玉泉(一八三四けの田た能の村む竹田富と岡お鉄斎(一八三六八九〇。ぼくは日本の古代文化についてほとんど知識を持っていない。ブ1ルーノ・タウトが絶賛する2桂か離り宮きも見たことがなく、3玉ぎ泉せも4大た雅が堂も5竹ち田でも6鉄て斎さも知らないのである。いわんや、7秦は蔵ぞ六ろだの8竹ち源げ斎さ師など名前すら聞いたことがなく、第一、めったに旅行することがないので、祖国のあの町この村も、風俗も、山河も知らないのだ。茶9の湯の方式など全然知らない代わりには、みだりに酔いしれることをのみ知り、孤独の家い居いにいて、床の間などというものに一顧を与えたこともない。けれども、そのようなぼくの生活が、祖国の光輝ある古代文化の伝統を見失ったという理由で、貧困なものだとは考えていない。(しかし、ほかの理由で、貧困だという内省には悩まされているのだが―)タウトはある日、竹田の愛好家というさる日本の富豪の招待を受けた。客は十名余りであった。主人は自分で倉庫と座敷の間を往復し、一幅ずつの掛け物を持参して床の間へつるし一同に披露して、また、別の掛け物を取りに行く、名画が一同を楽しませるこ坂さか口ぐち安あん吾ご日本文化私観近代を見つめる近代を見つめる①伝統や国民性というものにはときに欺瞞がある。重要なのは、伝統を生み出す我々の生活のほうだ――文化や伝統の意味を問う評論。3810近代を見つめる 〈Ⅱ部〉342

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